sugao2004-10-21

これはファべーラと呼ばれる貧民窟の写真である。昨日の写真と見比べてもらいたい(それはこの選挙戦を浮き彫りにするべく一般の新聞の中でも取り上げられた方法だが)。このファヴェーラとは一般に人が住まない所に不法侵入し板やブロック等で家を建てて住み着いたもので、後は電気や水も引っ張ってしまう。しかし下水処理などはやはりきちんとしておらぬようで、大雨が降ると広い地帯で床上浸水などの被害が出る。ブラジルでは今不景気で職がない中、地方から都会に人がどんどん流入してきている。先日ラジオで人口の密集度が世界で一番高いのが東京で、2番目がメキシコシティで三番目がサンパウロと言っていた。しかし来年か再来年にはでサンパウロが一番になるらしい。そうした人たちが中心となってファべーラを形成してゆく。これが大きく分けて貧富の2つの層を作り出す。移住者の多くはあまり教育を受けておらず、街に来たからといって職があるとは限らない。治安は悪化し今や上流階級、中流階級ですらいつどんな目に巻き込まれてもおかしくないと恐れ始めた。
私にはこうした現象は現代の象徴、もしくは今後の世界の予見のようにも感じられる。世界中で一等国と呼ばれる裕福な国ではあまり子供を持たず、第3世界での人口増加が激しいが、ブラジルでは“国内”でこうした状況があり、中流以上は1人もしくは2人までと言うのが一般的で、貧しい層での人口増加が顕著である。こうした上流、中流階級といった表現に今の日本人はピンとこないかもしれないがそれは現在の日本が基本的な経済的平等を達成できているからである。
資本主義とは“機会”の平等であり共産主義とは“分配”の平等であるという言葉が思い出される。ブラジルにはそのどちらも無い。教育が不平等なため機会も平等に与えられているわけではない。分配などもってのほかである。与えられる物と勝ち取っていく物。
今週の“ベージャ”に寄せられているコメントの一つには『ブラジルが遅れている理由としてインテリ層は富裕国もしくは国内の富を独占する一部の者達のせいにし、タクシーの運転手は盗っ人根性の政治家のせいにし、床屋はPT(労働者党政権)のせいにする。しかしそれは違う。私たちはみな一つなんだ。』と、そしてこの読者はそのような常にどこか誰かのせいにしようとする人であって欲しくないとある。そうなんだろう。そうに違いない。しかしそうした自覚に立ち続けることは決して容易ではなかろう。
実際この国の問題の根はどこにあるのか?一口で文化という人もあるだろうが、これはなかなか複雑な問題である。
機会・分配の平等を通して生活の向上を訴え貧困層の支持を得る労働者党、しかしそれがいかに難しい問題であることか!!ここ4年間の市政から感じられるものは場当たり的な人気取りである。『教育』などというものは短期的に達成されるものではなかろう。目に見えない積み重ねと時間のなかでこそ育ってゆくものと思う。
いずれにしても今日も偏った目で世界を裁きつつ僕は生きる・・・ なんまんだぶ・・・